夜が更けた静かな時間。
スマホを片手に、何か新しい物語を探しているあなたへ。
ありふれた現代を脱ぎ捨てて、異形と神秘が入り混じる“もうひとつの旅”へ踏み出してみませんか?
今回紹介するのは、諸星大二郎が描く異色の西遊記――
『西妖西遊伝』。
どこか懐かしくて、でも一歩踏み込むと恐ろしくもあるこの世界。
あなたも、妖怪と人間と神仏が交錯する旅の中に身を委ねてみてください。
西妖西遊伝とはどんな漫画か?
『西妖西遊伝』は、あの**「妖怪ハンター」や「マッドメン」などで知られる諸星大二郎**による、西遊記をモチーフにした異色ファンタジーです。
西遊記といっても、孫悟空が大暴れするような王道の冒険活劇ではありません。
むしろ、人間の業や信仰、精神世界と妖怪たちの曖昧な境界線を描く、重層的な“旅”の物語。
登場するのは、仏教の僧侶・妖怪・神・そして古代中国の幻視的な存在たち。
彼らの間にある“対話”が、作品全体に静謐で不穏な空気を漂わせています。
物語の舞台は、古代中国に似た架空の土地。
しかし、ところどころに現代的な視点が差し込まれ、
私たちが住む“こちら側の世界”とも地続きであるかのような錯覚を覚える構成になっています。
登場人物|強烈なキャラたちが旅の主役
沙悟浄のような謎多き僧・雪蓮
主人公は、かつて罪を犯した僧侶・雪蓮(せつれん)。
彼はその贖罪として、禁域とされる“妖界”へ旅に出る。
道中で出会うのは、いわゆる孫悟空的な存在ではなく、
人でも妖でもない、不安定で得体のしれない存在たち。
人語を話す妖怪・火胡(かこ)
彼は、妖怪でありながら“悟り”を求めて旅に加わる。
人間に敵意を持つがゆえに、彼らを理解しようとする姿が印象的。
このように、本作に登場するキャラクターは単純な善悪で語れない存在ばかりです。
むしろ、それぞれの価値観の違いこそが物語の主軸。
だからこそ、読者としては彼らの会話や選択から目が離せなくなるのです。
妖怪漫画ではなく、宗教と人間の寓話
初めてこの作品を読んだとき、「ああ、妖怪漫画だな」と思ったのは最初の10ページまででした。
実際に読み進めると、これは“妖怪”を借りた人間と宗教の寓話だと気づきます。
特に印象深かったのは、
仏教の“空”や“因果”といった教えを、
妖怪たちが独自に解釈しながら語るシーン。
現代の私たちにも通じるような、宗教と倫理のグレーゾーンが描かれており、
それが逆にリアルに感じられる。
自分自身も宗教に明るい方ではありませんが、
この作品に触れてから、妙に仏教哲学に興味が湧いたのを覚えています。
読んでいるうちに、
「これは誰の物語なのか?」
「正しさとは何か?」
という問いが、静かに心に沈んでいくような読後感が残ります。
諸星大二郎らしさが全開の構成と画風
『西妖西遊伝』は、とにかく“諸星大二郎らしい”作品です。
一見すると地味で硬い作風に思えるかもしれません。
でも、それこそが魅力なのです。
鉛筆で書かれたような緻密な線画
諸星作品に共通するのが、土っぽさと気配のある絵。
背景も人物も、まるで仏教画のようにどこか荘厳で、
それでいて、ちょっとした人の表情が生々しい。
「今の漫画にない空気を味わいたい」
そう思っている人には、まさに最適の世界観です。
私の体験談|何度も読み返した理由
実を言うと、最初に読んだときは全く意味がわかりませんでした。
1話読み終わっても「何が起きたんだろう?」と首をかしげ、
途中でやめようかと思ったほど。
でも、なぜか妙に心に残るシーンがあった。
特に、妖怪が“人間の慈悲”に涙を流す場面。
これが頭から離れず、数日後に再読。
そしてようやく、断片的だった物語の筋がつながり始めたのです。
気づけば3回、4回と読み返し、
最後には本棚の「捨てられない枠」に入れていました。
物語の意味を“理解”しようとするよりも、
“感じる”ことに集中したほうが、この作品は楽しめます。
なぜ読者を惹きつけるのか?
- “わからなさ”が魅力になる稀有な漫画
現代は何でも検索すれば答えが出る時代。
でもこの漫画は、「答えがないこと」にこそ価値があると教えてくれます。 - 時代を超えるテーマ性
古代中国の仏教と妖怪が描かれているのに、
現代社会の疎外感や人間関係にもリンクするテーマが内包されている。 - 現代における“祈り”の意味
妖怪や神が登場するにも関わらず、最終的に問われるのは“人間の心”。それが、この作品をただの“西遊記アレンジ”で終わらせない深みを与えているのです。
まとめ
『西妖西遊伝』は、妖怪と人間の交錯する世界を旅する中で、
読者自身の“心の仏性”に問いかけてくるような作品です。
ただのファンタジー漫画として読むには惜しい、
宗教・哲学・文学が混ざり合った知的なスパイスが効いています。
最初は意味が分からなくても大丈夫。
あなたがどんな視点で読んでも、それが正解になります。
“わからなさ”を楽しめる、数少ない漫画。
これが、諸星大二郎の世界観を体感する最高の入り口かもしれません。
ぜひ、自分自身のペースでこの旅に出てみてください。
そして、ページを閉じたあとに、ふと現実の見え方が変わっていることに気づくはずです。