忘れたくても、忘れられない記憶がある。
けれど、思い出そうとしても、どうしても心の中からすり抜けていく感情もある。
そんな「記憶」と「再生」が静かに絡み合う物語が、『Sunny』という一冊の漫画に詰まっています。
舞台は児童養護施設。そこに暮らす子どもたちの生活は、現実的で、切なくて、でもどこか温かい。
記憶喪失の子どもが登場する本作は、誰かの記憶を探す物語ではなく、それぞれの「心の居場所」を描く静かな旅。
この記事では、この『Sunny』という作品がなぜこんなにも多くの人の心を打つのか。
読み進めるほどに感じた「揺らぎ」と「優しさ」の正体を、私の体験とともにお伝えしていきます。
ぜひ、読み進めてください。
『Sunny』とはどんな漫画か?
『Sunny』は、松本大洋による作品。
作者の代表作といえば『ピンポン』や『鉄コン筋クリート』を思い浮かべる人も多いでしょう。
けれど、この『Sunny』はそれらとはまったく違う空気をまとっています。
この作品の舞台は、ある児童養護施設「星の子学園」。
親元を離れ、様々な事情でここに集まってきた子どもたちが、ひとつ屋根の下で暮らす日常を描いています。
タイトルの「Sunny」は、施設の片隅に放置された廃車の名前。
この車は、子どもたちにとって現実逃避の場所であり、想像の世界を旅するためのタイムマシンのような存在。
特に、施設にいる「記憶喪失の少年・春男」が登場するシーンは、心を打たれました。
彼が自分の過去に向き合いながらも、新しい家族や仲間を見つけていく姿には、胸が詰まりそうになります。
記憶喪失と児童施設のリアル
この作品には、「記憶喪失」という設定が出てきます。
ただ、それはありがちなサスペンス仕立ての記憶喪失ではありません。
“何かを忘れているような気がする”——それが、施設で暮らす子どもたち全員に共通する感覚。
親に置き去りにされた子、事情があって引き取られなかった子。
彼らはみな、物理的な“家”を失っただけではなく、心の中の“安心できる場所”をなくしてしまっている。
この「Sunny」という作品は、そんな彼らの揺れる心情を、無理にドラマチックにせずに、淡々と描いていく。
だからこそリアルで、時に痛く、そして温かい。
児童養護施設というテーマは、日本ではあまり語られない。
けれど松本大洋は、彼らの日常を決して過剰に美化せず、ありのまま描き出します。
登場人物の輪郭が「曖昧で鮮明」
この作品の魅力のひとつが、登場人物たちの“輪郭”の描き方です。
例えば、主人公的ポジションの春男は、感情の起伏が少ないように見える少年。
けれど内面では、確実に何かがうごめいている。
施設のムードメーカー的存在の瀬川、無口だけど情の深い杉山くん、面倒見の良いまりこ姉ちゃん。
誰もが型にハマっていないのに、不思議と“そこにいる感じ”がするんです。
松本大洋の描線が、人物たちの“曖昧さ”を逆に強調しているように感じました。
輪郭ははっきりしていないけれど、だからこそ想像を許す余白がある。
読んで感じた「胸の奥のチクリとした痛み」
私はこの『Sunny』を、正直に言うと、何度も読むのを中断しながら読破しました。
それは、物語が退屈だったからじゃありません。
逆に、感情が揺さぶられすぎて、心が追いつかなかったからです。
たとえば、親と離れ離れになった子どもたちが、お正月の帰省の話題になるシーン。
何気ないやりとりの中に、「帰る家がない子の孤独」が静かに滲んでくる。
その痛みが、あまりにも自然に描かれていて、ぐっと喉元をつかまれるような感覚でした。
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『Sunny』に描かれる“優しさ”とは何か
この漫画は、決して「希望」を直接描こうとはしません。
「誰かが救ってくれる」「みんな仲良くなる」——そういう安直なストーリーは一切ない。
けれど、だからこそ、この作品に散りばめられた優しさが、痛いほど沁みてくる。
たとえば、Sunnyの車内で子どもたちが空想の旅を語るシーン。
現実はどうしようもなくても、想像だけは自由にできる。
それを黙って受け止める大人の存在もまた、重要な支えになっている。
「優しさ」とは、何もしてくれないことじゃない。
ただ、そっとそばにいてくれること。
“なぜ人気なのか?”を独自分析
『Sunny』がなぜ多くの読者を惹きつけるのか?
その理由は、以下の3点に集約できると思います。
- テーマが普遍的でありながら、描き方が圧倒的に新しい。
家族、孤独、再生といったテーマはありふれているけれど、その表現方法が他とまったく違う。 - “語らないことで語る”技法が秀逸。
セリフに頼らず、絵やコマ割りの“間”で感情を語っていくスタイルは、まさに松本大洋の真骨頂。 - ノスタルジーと現代性が絶妙に混ざっている。
Sunnyという古い車に象徴されるような、懐かしさと現代の問題意識が同居している。
どんな人にこの漫画をすすめたいか?
『Sunny』は、万人におすすめできる作品ではないかもしれません。
けれど、
- かつて家族に対して複雑な思いを抱えたことがある人
- 子ども時代の記憶がなぜか曖昧で、でも確かに何かが残っている人
- 日々の生活に少し疲れて、ふと立ち止まりたくなった人
そんな人にこそ、静かに読んでほしい一冊です。
まとめ
『Sunny』は、派手さも展開のスピード感もありません。
けれど、そのぶん、読者の“心の奥”にじわじわと染み込んでくる物語。
記憶喪失の少年と仲間たちの目を通して、見えてくるのは「人と人がつながるということ」の本当の意味。
この作品を読むことで、自分の中にもまだ“失っていないもの”があることに気づかされるでしょう。
スマホの小さな画面でも構いません。
まずは、1話だけでもページをめくってみてください。
そこには、忘れかけていた優しさと、あたたかな孤独が、そっと待っています。